ガイドブックには載っていない、台湾の地元の人だけが知るお店や過ごし方を紹介します。
台北市内で気軽に歩ける6つの山道。見た目は普通の公園ハイキングだが、それぞれに日本統治時代の水道工事路、廃坑、6000年の遺跡層、廃墟となった軍事歩哨など、大半の人が素通りしてしまう歴史の断面が隠されている。
中華・西洋・台湾・日本が混ざり合った朝食の系譜。時間に縛られない食文化と、台北ローカルが通う店を厳選したガイド。
バブル期の日本人商社マンが通い詰めた台北の夜がある。神戸出身のマスターが今も店を守り、懐かしいカラオケバーがそのまま残っている。条通は、日本が台湾に置いていった、台湾のものになった場所だ。
1935年5月11日、台湾三番目のラジオ放送局JFCKが台中で開局した。台北でも台南でもなく台中が選ばれた背景には、中部財界人による数年越しの誘致運動がある。旧建物は今も電台街に残り、辰野式の台中市役所と合わせた半日散策ルートが作れる。
観光客が老街を歩く時間、鹿港の地元民はとっくに第一市場で朝食を済ませている。6時半から動き始めるこの市場が、本当の鹿港を映し出している。
龍山寺のおみくじを引いたあと、そのまま歩いて3分。西昌街の細い路地には、清朝時代から続く薬草商が軒を連ねる。全滅しかけた業界が、日本語メニューつきの草本飲料店と手沖バーで息を吹き返した話。
基隆・義二路の古いビルの切妻に「キ」の字がある。1895年に台湾へ渡った岸田三兄弟——岸田文雄元首相の曾祖父の一族——が基隆に残した呉服店の痕跡。建物も「キ」の字も今も残っている。
台南の鹽水(ヤンスイ)は元宵節の蜂炮で有名だが、一年中歩く価値のある港町だ。百年前のコレラ伝説、橋南老街の散策、そして朝の豆簽羹まで。
龍山寺と剝皮寮はすでに有名すぎる。隣の路地にある三つの場所——朝7時の生鮮市場、1935年の馬蹄形建築、そして地元民が毎日手を合わせる廟——を時系列で歩く半日コース。
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