龍山寺の境内を出たら、百年の薬草路地へ——台北・青草巷の生存物語
龍山寺のおみくじを引いたあと、そのまま歩いて3分。西昌街の細い路地には、清朝時代から続く薬草商が軒を連ねる。健保の普及で壊滅しかけた業界が、ハーブアイスと手淹れ茶で息を吹き返した話。
廟でおみくじを引いて、路地で薬を買う——300年変わらない動線
龍山寺(ロンシャンスー)を出ると、境内のにぎわいとは打って変わって、西昌街(シーチャンジエ)の雰囲気が変わる。車道沿いの商店街を少し歩くと、224巷という小さな横丁に気づく。路地に一歩踏み込んだ瞬間、草と土の入り混じった香りが鼻をつく。これが青草巷(チンツァオシャン)——台湾語で「ハーブ路地」と呼ばれる、台北に残る数少ない薬草街のひとつだ。
なぜ廟のすぐそばに薬草街があるのか。それは偶然ではない。清朝時代、大陸から海を渡って台湾に移り住んだ移民たちにとって、龍山寺は祈りの場であり、情報交換の場でもあった。病気の相談をして、廟でおみくじを引いて、神意を参考にしながら路地の薬草商で薬を調合してもらう——そういう一連の流れが、当時の庶民の「医療」だった。廟と薬草屋は、信仰と治療が地続きだった時代の産物として、ここに300年近く並んで存在し続けてきた。
現在も路地には十数軒の薬草店が並んでいる。束ねられた乾燥草、大鍋でぐつぐつ煮立つ薬草茶、瓶に詰められた根や種——棚に並ぶものの名前は読めなくても、人の手の痕跡がそこかしこに感じられる。
「救命の通り」が死にかけた日——そして3代目が見つけた活路
地元の人はこの路地を「救命街(ジウミンジエ)」とも呼ぶ。文字通り、命を救う通りという意味だ。しかし20世紀後半、その救命街が自分自身の命の瀬戸際に立たされる局面が訪れた。
日本統治時代、漢方薬草は西洋医学と並んで台湾の庶民医療を支えていた。路地は活況を呈し、店の数も多かった。だが1995年、台湾で全民健康保険(国民皆保険)が導入されると、状況が一変した。安価で西洋医療が受けられるようになった市民は、高価で手間のかかる漢方薬草から離れていった。さらに追い打ちをかけたのが、1990年代から2000年代にかけてのタピオカブームだ。若者が通りを歩かなくなり、薬草という文化自体が「古いもの」になっていった。最盛期に数十軒あったとも言われる薬草店は、今では十数軒まで減った。
そんな中、路地の一角で店を守り続けてきた家族がいる。3代にわたって薬草商を営む店の現在の主人(3代目にあたる世代)は、「薬を売るだけでは生き残れない」と気づいたとき、薬草をそのまま飲み物にすることを考えた。路地の前に立てた看板には「青草茶」と書いてあるだけだが、店先で煮出された茶を紙コップに注いでもらうと、思いのほか深みがある。苦みは確かにあるけれど、後口が涼しい。これがNT$20〜30という値段で飲める。
さらに近年は、薬草アイス(青草アイスクリーム)を売る店も現れた。草の風味がそのまま乗ったアイスは、最初は「薬草をアイスに?」と二度見するような代物だが、食べてみると意外なほど爽やかで、SNSで話題になった。若い台湾人も、外国からの旅行者も、今はこのアイスを片手に路地を歩いている。漢方薬草の知識が若い世代に届きにくくなった時代に、「食べてみたい」という入口を作ったのは、小さいけれど確かな転換だった。
オンライン販売を始めた店もある。乾燥薬草や薬草茶のセットを通販で届けることで、台北在住者だけでなく地方の顧客とも繋がるようになった。路地に来なくても、薬草が届く仕組みを作ることで、青草巷はもう一度、生活の中に入り込もうとしている。
アクセス・実用情報
住所: 台北市萬華区西昌街224巷
アクセス: MRT板南線・龍山寺(ロンシャンスー)駅1番出口から徒歩約3分。龍山寺の正面を出て西昌街を南に歩くと右手に路地が現れる。
営業時間: 概ね08:00〜22:00。店舗により日曜休業あり。平日午前中〜夕方がもっとも多くの店が開いている時間帯。
入場: 無料。薬草茶はNT$20〜50が目安。
おすすめの飲みもの:
- 苦茶(クーチャー): 薬草の苦みが前面に出た定番。体の熱を取ると言われる。
- 洛神茶(ローゼルティー): 酸味があって飲みやすく、薬草が苦手な人への入口としていい。
- 冬瓜茶(トンクワチャー): 甘みが強く、夏の暑さにじんわり効く。
半日コース案: 龍山寺で参拝 → 青草巷で薬草茶 → 東三水街市場(ドンサンシュイジエシーチャン)で地元の食材を眺める → 新富町文化市場(シンフーティン)でひと息。新富町は日本統治時代の市場建築をリノベーションした文化スペースで、古い建物好きにも面白い場所だ。3つのスポットがほぼ歩いて回れる距離に集まっている。
注意点: 路地は細く、観光バスは来られない規模感なので、混雑は少ない。ただし店主は忙しく動いているので、写真を撮る前に一声かけるのがマナーとして好ましい。
参考資料
- 文化銀行「青草巷の記録」 https://bankofculture.com/archives/4179
- Spectral Codex "Wanhua Herb Alley" https://spectralcodex.com/wanhua-herb-alley/
- 旅行図中「青草巷」 https://journey.tw/herb-lane/
- 台北旅遊網・青草巷公式案内 https://www.travel.taipei/en/attraction/details/1693


